妙延寺。女性の供養のために「女郎仏」を祀り創建
妙延寺の概要
真言宗智山派寺院の妙延寺は、川口市石神にある寺院です。妙延寺は、寛政年間(1789-1801)に当地に捨てられていた女性の供養のために「女郎仏」として祀り、石井伝右衛門が開基、昭和28年妙延寺と称したといいます。
山号 | - |
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院号 | - |
寺号 | 妙延寺 |
本尊 | 薬師如来像 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
妙延寺の縁起
妙延寺は、寛政年間(1789-1801)に当地に捨てられていた女性の供養のために「女郎仏」として祀り、石井伝右衛門が開基、昭和28年妙延寺と称したといいます。
「埼玉宗教名鑑」による妙延寺の縁起
創立は寛政2年(1790年)、石井伝右衛門によって開基された。もとは蕨三学院の末寺であり、現在も三学院住職が兼務している。(「埼玉宗教名鑑」より)
「埼玉の神社」による妙延寺の縁起
稲荷社<川口市石神五〇三(石神字稲荷丸)>
石神の新町にお女郎仏と呼ばれる堂があり、寛政のころ(一七八九-一八〇一)、美しい女性が当地の土手山という所に捨てられていたのを、見つけた村人が介抱したものの息を引き取ったので、供養のために祀ったものと伝えられている。この女性は、悪い病にかかった吉原の女郎とも、由緒ある者の落人ともいわれ昭和初期までは下の病に霊験があるとして花柳界の信仰が厚かった。今では、花柳界の参詣こそないが皮膚病や腫れ物によく御利益があるといい、多くの参詣者がある。なお、お女郎仏は、昭和二十八年に妙延寺と称して宗教法人になったが、実際の世話は石神第一自治会が行っている。(「埼玉の神社:川口市3稲荷社」より)
妙延寺の周辺図