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北袋神社。北本市高尾の神社

北袋神社の概要

北袋神社は、北本市高尾にある神社です。北袋神社は、旧北袋村内に祀られていた神明社・熊野社・橿城社(旧第六天社)の三社を大正6年に合併の上、北袋神社として当地に創建したといいます。橿城社(旧第六天社)は、関ヶ原の合戦の落武者が当地に土着して祀ったものだといいます。

北袋神社
北袋神社の概要
社号 北袋神社
祭神 素戔嗚尊
相殿 -
境内社 遠藤稲荷神社
祭日 -
住所 北本市高尾4-107
備考 -



北袋神社の由緒

北袋神社は、旧北袋村内に祀られていた神明社・熊野社・橿城社(旧第六天社)の三社を大正6年に合併の上、北袋神社として当地に創建したといいます。橿城社(旧第六天社)は、関ヶ原の合戦の落武者が当地に土着して祀ったものだといいます。

新編武蔵風土記稿による北袋神社の由緒

(荒井村枝郷北袋村)
神明社
村の鎮守なり、地蔵院持。
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熊野社
同持。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による北袋神社の由緒

北袋神社<北本市高尾四-一〇七(高尾字中岡)>
『埼玉県地名誌』によれば、地名に「袋」が付くのは川沿いの低地に限られるという。北袋も荒川沿いの低地に位置することが地名の由来であろう。『元禄郷帳』に荒井村の枝郷としてその村名が見え、元禄十五年(一七〇二)以前には一村として成立していたことがわかる。
当社は、地内にそれぞれ祀られていた神明社・熊野社・橿城社(旧第六天社)の三社を新たな社地を切り開いて、大正六年一月二十五日に合併し、地名を冠し、北袋神社と号して成立した神社である。この三社のうち、創建の由来を伝えているのは橿城社のみで、口碑によれば、関ヶ原の合戦の落武者が当地に土着して祀ったものであるという。『風土記稿』北袋村の項には「神明宮 村の鎮守なり 地蔵院持、熊野社 同持」とあり、何故か第六天社の記述は見当たらない。
神仏分離後、第六天社は橿城社と改称し、明治四年に北袋村が荒井村の大字になると北袋の三社は無格社とされた。更に、明治二十二年に荒井村ほか四か村が合併して石戸村になると村内に村社四社、無格社一七社を数え、合祀の話が持ち上がった。旧五か村では、それぞれの村社を守るため、大正五年に無格社のうち当地の熊野社と橿城社を含む四社を旧荒井村の村社須賀神社に合祀することが画策された。これに対して北袋では、熊野社と橿城社が他所へ合祀されるのを回避するため、合祀が行われる前に三社を合併したのであった。(「埼玉の神社」より)


いいお墓

北袋神社の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)