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甘粕神社。児玉郡美里町甘粕の神社

甘粕神社の概要

甘粕神社は、児玉郡美里町甘粕にある神社です。甘粕神社の創建年代は不詳ですが、征夷大将軍坂上田村麻呂がこの地に至った時、激しい雷に遭遇し、これを鎮めるために雷電三社(東大沢神社中里雷電神社・甘粕神社)を祀ったことに始まると伝えられます。明治初年の神仏分離令により村社に列格、明治41年に、雀神社(甘粕字向田)を本殿に合祀したのをはじめ、甘粕内の諏訪神社・神明神社・稲荷神社・白山神社・天神社を末社として合祀、甘粕神社と改称したといいます。

甘粕神社
甘粕神社の概要
社号 甘粕神社
祭神 大雷命、少彦名命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 児玉郡美里町甘粕634
備考 旧村社



甘粕神社の由緒

甘粕神社の創建年代は不詳ですが、坂上田村麻呂が東征のため当地を通りかかったところ雷雨が激しかったので、これを静めるために当地に雷神を祀り、創建したといいます。明治初年に村社に列格、明治41年に、雀神社(甘粕字向田)を本殿に合祀したのをはじめ、甘粕内の諏訪神社・神明神社・稲荷神社・白山神社・天神社を末社として合祀、甘粕神社と改称したといいます。

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による甘粕神社の由緒

当地は、東西を丘陵に挟まれた低地で中央部を天神川が北流する。武蔵七党の猪俣党甘糟氏の本貫地とされ、猪俣党系図(諸家系図纂)によると猪俣忠基の子家基が甘糟七郎と称している。「吾妻鏡」によると、元暦元年(1184)に甘糟野次広忠〔家基の子)は、平家追討のため源頼朝から所領の万雑事を免除されている。地内には「堀の内」と呼ばれる甘粕城跡があり、その水城の一部が残存している。当社は、古くは雷電社と称し、甘粕の西南端に位置する雷電山を背にして鎮座する。口碑によれば、坂上田村麻呂が東征のため当地を通りかかったところ雷雨が激しかったので、これを静めるために当地に雷神を祀ったのが始まりで、甘粕氏累代の信仰も厚かったという。「風土記稿」によれば、往時の甘粕村の鎮守は諏訪社で、当社の祭事は真言宗多宝寺が行っていた。ちなみに「児玉郡誌」によれば、諏訪社は享保21年(1736)に正一位の神階を拝受し、その際の宗源宣旨が存在したというが、現在は不明である。
「郡村誌」を見ると、明治初年の神仏分離により、当社は別当多宝寺を離れて村社となった。明治41年には、字向田に鎮座した雀神社を本殿に合祀したのをはじめ、村内の諏訪神社・神明神社・稲荷神社・白山神社・天神社を末社として合祀し、これを幾に社名を甘粕神社と改称した。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


甘粕神社の周辺図


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