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箕田氷川神社。鴻巣市宮前の神社、箕田村鎮守、箕田2号墳

箕田氷川神社の概要

箕田氷川神社は、氷川八幡神社の境内掲示によると、承平元年(966)六孫王源経基が勧請したものだといわれ、江戸時代には箕田村の鎮守社となっていました。明治時代以降、氷川八幡神社に合併され、宗教法人としては消滅しています。当社は、箕田古墳群の箕田2号墳の上に鎮座しており、当地は鴻巣市指定史跡となっています。

箕田氷川神社
箕田氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚尊
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 鴻巣市箕田1260
備考 箕田2号墳



箕田氷川神社の由緒

箕田氷川神社は、氷川八幡神社の境内掲示によると、承平元年(966)六孫王源経基が勧請したものだといわれ、江戸時代には箕田村の鎮守社となっていました。明治時代以降、氷川八幡神社に合併されています。

新編武蔵風土記稿による箕田氷川神社の由緒

氷川社
村の鎮守なり。社の後に古塚あり。高さ6・7尺幅12・13間。往年土人此塚を穿ちしに、古鏡太刀などの朽腐せしものを得たり。これ古へ貴人を埋葬せし古墳なるべしといへり。村持。
末社
諏訪社。稲荷社(新編武蔵風土記稿より)


箕田氷川神社所蔵の文化財

  • 箕田2号墳(鴻巣市指定史跡)

箕田古墳群と箕田2号墳について

箕田古墳群
本古墳群は大宮台地の北端部に位置し、東西800m、南北800mの広い地域に渡って分布している。古墳は荒川・元荒川の沖積地に囲まれた標高16-18mの台地上に立地し、龍泉寺・富士山・宮前・稲荷町の四つの支群を形成している。
今までに九基の古墳の所在が知られているものの、現在は1・3号墳が消滅しているため、わずかに七基の古墳が残っているのみである。しかし、付近一帯に埴輪片が採集される事実からすると往時は相当数の古墳が存在していたものと思われ、鴻巣市では生出塚古墳群と並んで最も多くの古墳が密集していた地域である。
発掘調査は昭和3年に柴田常恵氏によって7号墳が行われたのをはじめとして2・3・9号墳(宮登古墳、宮登神社内)で実施されており、須恵器有蓋高坏・はそう・埴輪・金環・切子玉・丸玉・鉄鏃等が発見されている。
箕田古墳群の築造年代は、出土遺物や最近の発掘調査より六世紀初頭から七世紀中葉の約150年間に及ぶことが判明している。
箕田2号墳
本墳は別名「三士塚」と呼ばれ、5号墳に次ぐ箕田古墳群第二位の規模をもつ古墳である。現状は直径23m、高さ3mと測る円墳で、墳丘の形状を良く残している。
昭和58年に隣接地で発掘調査が行われ、墳丘を巡る周溝が確認されている。それによると築造当時は、直径32mを有する大型古墳であったことが明らかになっている。また周溝より須恵器有蓋高坏・甕の破片及び埴輪片が検出されており、本墳は六世紀後葉に築造されたものであることが判明している。
なお、本跡の南側一帯は箕田館の推定地となっており、それに関連して本墳は武蔵守源任及び妻子の墓とする古記述がある。しかし、築造年代からするとこの記述を信用することはできず、おそらく後世に両者が結びついて伝承されたものであろう。(鴻巣教育委員会掲示より)


箕田氷川神社の周辺図


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