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氷川大神社。熊谷市弥藤吾の神社

氷川大神社の概要

氷川大神社は、熊谷市弥藤吾にある神社です。氷川大神社の創建年代等は不詳ながら、武蔵国一宮の大宮氷川神社を勧請、古くから弥藤五村の鎮守社だったといいます。明治43年、弥藤吾各地区にあった年代保食社・熊野社、王子白髪社、中口神明社、新田八幡社、大杉社、杉之道天満社を合祀しています。

氷川大神社
氷川大神社の概要
社号 氷川大神社
祭神 素戔嗚命、稲田姫命、大己貴命
相殿 -
境内社 山王、浅間、三峰
祭日 1月新年祭、3月祈年祭、7月例大祭、10月新嘗祭
住所 熊谷市弥藤吾687
備考 -



氷川大神社の由緒

氷川大神社の創建年代等は不詳ながら、武蔵国一宮の大宮氷川神社を勧請、古くから弥藤五村の鎮守社だったといいます。村名の弥藤五は、源平合戦で活躍した斎藤別当実盛の子斎藤五の子孫弥藤五藤原真幹(幡羅の大殿長井太郎義兼の養子)が当地を領していたことよりつけられた村名で、江戸期まで当社の別当は、藤原山実蔵院(斎藤別当実盛の子孫が開基した本山派修験寺院)が勤めていました。明治43年、弥藤吾各地区にあった年代保食社・熊野社、王子白髪社、中口神明社、新田八幡社、大杉社、杉之道天満社を合祀しています。

境内掲示による氷川大神社の由緒

当社の創建年代は不明であるが、武蔵国一の宮の氷川神社(さいたま市)の祭神を勧請し、古くから弥藤五(後に弥藤吾)村の鎮守社であったと想定される。祭神は、素戔嗚命、稲田姫命、大己貴命の三神である。
江戸時代に当社を管理していたのは、現在廃寺である修験寺院の実蔵院で、その別当は斎藤五の子孫が受け継いできたという。斎藤五は、源平合戦で活躍した長井斎藤別当実盛の子で、『平家物語』では平清盛のひ孫六代に最期まで仕えた人物として描かれる。弥藤吾の名の由来は、斎藤五の子孫弥藤五がこの地を領有したことに始まると伝えられる。
現在、覆屋によって保護されている本殿は、内陣壁画の墨書によれば、天保七年(一八三六)九月十五日、実蔵院別当歓慶のときに再建された。桁を駆使した緻密な彫刻が施される。正面扉には牡丹と宝物、両側面と背面には中国の伝説などを題材とした彫刻ががはめこまれている。そのほかの各部材にも、龍や鳳凰などの神獣、猿やうさぎなどの動物、鷲や鴨などの鳥類、梅やぶどうなどの植物等、さまざまな彫刻が施される。彫物師は、川原明戸の飯田仙之介の弟子で、山神村(現群馬県太田市)の岸亦八である。亦八は、埼玉県指定文化財の越生町龍穏寺経蔵や群馬県沼田市正蔵寺山門などの彫刻を手掛け、群馬・埼玉県内に数多くの優品を残している。
各彫刻には、寄進した人名とその地区名が刻まれており、この本殿が、中地区をはじめ、北・新田・杉の道・王子・浅見・下宿・年代の弥藤吾各地区が中心となって建立されたことが分かる。そのほか、妻沼地区からの寄進も一部見える。
なお、明治四十三年(一九一〇)に、弥藤吾各地区にあった年代保食社・熊野社、王子白髪社、中口神明社、新田八幡社、大杉社、杉之道天満社を当社に合祀し、社務所を建立した。(氷川神社氏子・妻沼南小校区連掲示より)

新編武蔵風土記稿による氷川大神社の由緒

(彌藤五村)
氷川社
本地佛十一面観音を安ず、村の鎮守にて  實蔵院持、下三社同じ、
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神明社
熊野社
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による氷川大神社の由緒

氷川大神社<妻沼町弥藤吾六八七(弥藤吾字氷川)>
弥藤吾は、弥藤五とも書く。その地名由来については、『風土記稿』に「土人の伝に村名は、往昔幡羅の大殿と号せし長井太郎義兼が養子、弥藤五藤原真幹当所に住せしより起ると云」と記されている。
『風土記稿』によれば、幡羅郡内の氷川社は、当社のほかに葛和田の神明社の合殿に一社あるのみで、いずれも武蔵国一の宮氷川神社から勧請されたとの伝承を有する。当社の創建年代については明らかでないが、境内にそびえ立つ、幹回り六メートルもある大欅(神木)の枝葉を大きく広げる姿が、古社であることをうかがわせる。
往時の別当は、本山派修験の藤原山実蔵院の代で、その先祖は妻沼の聖天山歓喜院を開基した斎藤別当実盛である。
本殿は一間社流造りで、内陣壁面の墨書によると、棟上げは天保七年(一八三八)九月十五日、実蔵院権大僧都歓慶の代であった。また、細部にわたって施されている見事な彫刻は、河原明戸村の彫刻師飯田仙之助の弟子、岸亦八の手によるものである。岸亦八は、東松山の箭弓稲荷神社再建の際にも腕を振るったと伝わる名工である。
明治初年の神仏分離により実蔵院石慶は復飾して斎藤を名乗り神職となった。更に、斎藤家は、一代限り神職を務めて現宮司の江森家にその職を譲り、以後「鍵番」として神社運営の一役を担っている。(「埼玉の神社」より)


氷川大神社の周辺図