観正寺。小川町小川にある真言宗智山派寺院
観正寺の概要
真言宗智山派寺院の観正寺は、補田山と号します。観正寺の創建年代等は不詳ながら、古くから当地に祀られていた十一面観音堂を守る別当寺として創建したのではないかとも推測されています。
山号 | 補田山 |
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院号 | - |
寺号 | 観正寺 |
本尊 | 阿弥陀如来像 |
住所 | 比企郡小川町小川446 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
観正寺の縁起
観正寺の創建年代等は不詳ながら、古くから当地に祀られていた十一面観音堂を守る別当寺として創建したのではないかとも推測されています。
新編武蔵風土記稿による観正寺の縁起
(小川村)
觀正寺
新義眞言宗、入間郡今市村法恩寺末、補田山と號す、本尊阿彌陀を安置す、
觀音堂(新編武蔵風土記稿より)
「小川町の歴史別編民俗編」による観正寺の縁起
観正寺(小川四四六)
観正寺は、補田山と号し、真言宗智山派に属する寺院である。江戸時代には入間郡今市村(現越生町)法恩寺の末であった。本尊は阿弥陀如来である。境内には、古くから十一面観音を祀る観音堂があったが、昭和五十年代末に本堂を再建した時、本堂と一体化した。
寺歴は不明であるが、大塚仲太郎編『小川町史』(昭和十五年未刊)は、「思ふに観音堂ありて別当として寺を建てたるに初まるものか」と記している。観正寺の本尊及び観世音菩薩像は、いずれも無銘であるが、かなり古いものであると伝えられており、毎年四月十四日に縁日がある。ちなみに、本尊の阿弥陀如来像は、かつて厨子ごと盗難に遭い、幸いなことにその後発見されて戻って来たが、寺が無住であることから再度の盗難防止のため観音堂の本尊の十一面観音像と共に高西寺に預けられている。
国道二五四号線に面する参道入口には、地元の講中によって建立された二十三夜供養塔と馬頭観世音の石塔がある。
また、参道入口から国道二五四号線を東に進むと、まもなく兜川を渡る橋があるが、この橋は観正寺にちなんで観正寺橋と名付けられている。(「小川町の歴史別編民俗編」より)
観正寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「小川町の歴史別編民俗編」