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岩槻秋葉神社。さいたま市岩槻区仲町の神社

岩槻秋葉神社の概要

岩槻秋葉神社は、さいたま市岩槻区仲町にある神社です。岩槻秋葉神社は、旧別当寺だった千手院が創建した頃の永禄12年(1569)勧請とも、江戸時代中期に秋葉権現を勧請したともいいます。

岩槻秋葉神社
岩槻秋葉神社の概要
社号 秋葉神社
祭神 火産霊命、河菜姫命
相殿 -
境内社 稲荷社、酉社
住所 さいたま市岩槻区仲町1-1-12
祭日 例大祭4月18日
備考 -



岩槻秋葉神社の由緒

岩槻秋葉神社は、旧別当寺だった千手院が創建した頃の永禄12年(1569)勧請とも、江戸時代中期に秋葉権現を勧請したともいいます。

新編武蔵風土記稿による岩槻秋葉神社の由緒

(横町)千手院
慈眼山と稱す、禅宗曹洞派、加倉村洞雲寺の末、開山香庵明梅慶長五年八月二十八日寂す。
秋葉社。永禄十二年三月十八日の勧請なりと傳れば、當寺開山の頃、鎮護のために祭りしものなるべし。
稲荷社。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による岩槻秋葉神社の由緒

秋葉神社<岩槻市仲町一-一-一七(岩槻字杉並)>
東武野田線の岩槻駅から国道一六号に向かって南東にまっすぐ延びる大通りを八〇〇メートルほど進んで行くと、当社の境内が左手に見える。当社が鎮座していることから「秋葉町」と呼ばれるこの付近は、閑静な住宅街で、当社の境内はその中にあって公園の役割も担っており、四季を通じて子供が遊ぶ姿や老人が憩う姿がよく見かけられる。
口碑によれば、当社の創建については、次のように伝えられる。江戸時代の中頃のこと、横町(現代の栄町)から火の手が上がり、杉並(現在の秋葉町)の辺りまで焼け野原になってしまった。そこで「これではいけない」と思った杉並・横町の人々は合議の末に、代表者を静岡県周智郡の秋葉本宮へ送り、神体を受けて来て、享保十二年(一七二七)四月十八日に当社を建立したという。当時は茅葺きや杉皮葺きの家屋が多かったので、北隣の栄町から起きた火災が北風にあおられて秋葉町に移ってきたために大火事になったものと思われる。
また、当社の隣には曹洞宗の千手院があるが、江戸時代は同寺が別当として当社の祭祀に関与していた。この千手院は、慶長五年(一六〇〇)の開基とされるが、同寺もまた江戸時代に三度火災に見舞われ、その度に堂宇の焼失と再建を繰り返してきたために、宝暦年間(一七五一-六四)以前の記録は失われている。神仏分離以降は当社と同寺との関係は途絶え、神体も江戸時代のものは残っていない。(「埼玉の神社」より)


岩槻秋葉神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)