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小溝羽黒神社。さいたま市岩槻区小溝の神社

小溝羽黒神社の概要

小溝羽黒神社は、さいたま市岩槻区小溝にある神社です。小溝羽黒神社の創建年代は不詳ながら、川向の内牧村で疫病が流行した際に、その疫病が小溝村に侵入して来ないように願って、村境に当社を祀ったといいます。

小溝羽黒神社
小溝羽黒神社の概要
社号 羽黒神社
祭神 -
相殿 -
境内社 -
住所 さいたま市岩槻区小溝1061
祭日 -
備考 -



小溝羽黒神社の由緒

小溝羽黒神社の創建年代は不詳ながら、川向の内牧村で疫病が流行した際に、その疫病が小溝村に侵入して来ないように願って、村境に当社を祀ったといいます。

新編武蔵風土記稿による小溝羽黒神社の由緒

(小溝村)
羽黒社
末社雷電。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による小溝羽黒神社の由緒

羽黒神社<岩槻市小溝一〇六一(小溝字新田)>
岩槻市に北東端に位置する小溝は、古くは太田荘に属したとされる村の一つである。その村内には、本村・新田・前島の三組があり、本村では鷲神社、新田では諏訪神社、前島では当社すなわち羽黒神社を祀ってきた。したがって『風土記稿』小溝村の項では、村の鎮守は鷲神社と記されてはいるものの、実際は村全体で祀る神社はなかった。
当社がこの地に祀られるようになった経緯や時期は定かではないが「昔、隣接する内牧村(現春日部市内牧)で疫病が流行した際に、その疫病が小溝村に侵入して来ないようにと、村境に権現様(当社)を祀った」との口碑がある。この口碑が物語るように、当社は鎮座地である前島の北の外れにあり、境内のすぐ先はもう春日部市である。ちなみに、口碑の伝える疫病の流行はいつごろのことかわからないが、新田で祀る諏訪神社の創建についても、当社と同様の口碑が残る。
また『明細帳』には「創立不詳 文政八乙酉年(一八二五)中大破ニ付氏子協議之上同年再建 以降明治五壬申村社申立済 大正元年八月二十日同字無格社八幡社ヲ合祀ス」と当社の由緒が記されている。この文中に見える「無格社八幡社」は、当社の南東一〇〇メートルほどの所にあった石祠で、その旧地は今でも地元の人から「八幡下」と呼ばれている。ただし、社の痕跡などは既になく、そこにあった石祠は、合祀の際に当社の境内に移された。(「埼玉の神社」より)


小溝羽黒神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)