猫の足あとによる埼玉県寺社案内

大森香取神社。さいたま市岩槻区大森の神社

大森香取神社の概要

大森香取神社は、さいたま市岩槻区大森にある神社です。大森香取神社の創建年代等は不詳ながら、地名の大森は、当社の杜が大きく育っていたことに因むことから、戦国時代頃から祀られていたのではないかといいます。江戸期には大森村の鎮守として祀られ、香取神社と共に日枝神社も合わせ祀られていたといいます。

大森香取神社
大森香取神社の概要
社号 香取神社
祭神 経津主命
相殿 -
境内社 猿田彦大神
住所 さいたま市岩槻区大森22
祭日 祭礼7月20日
備考 -



大森香取神社の由緒

大森香取神社の創建年代等は不詳ながら、地名の大森は、当社の杜が大きく育っていたことに因むことから、戦国時代頃から祀られていたのではないかといいます。江戸期には大森村の鎮守として祀られ、香取神社と共に日枝神社も合わせ祀られていたといいます。

新編武蔵風土記稿による大森香取神社の由緒

(大森村)
香取社
村の鎮守なり、利生院持、
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利生院
新義眞言宗、三ノ宮一乗院門徒、阿彌陀を本尊とす
薬師堂(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による大森香取神社の由緒

香取神社<岩槻市大森二二(大森字宅地)>
元荒川の左岸に広がる低地に位置する大森は、水田を中心とした農業地域である。この大森の地名は、当社の杜にちなんだもので、今では大木は少なくなってしまっているが、昭和三十年に拝殿を建設するために伐採するまでは大きな杉がたくさんそびえており、神社の清掃の際には下に落ちた枯れ枝を片付けるのが大変なほどであった。
このように、村名の起こりになったことや、地内には当社の境内以外には樹木が森をなしている場所ではないことから、村名の付いた近世初頭には既に当社の杜がある程度成長していたと思われる。したがって、当社は戦国時代には既に勧請されていた可能性がある。『風土記稿』は当社について大森村の項に「香取社 村の鎮守なり、利生院持」とのみ記し、多くを伝えていないが、社記に載る宝永三年(一七〇六)の「奉造立山王香取宮雨屋一宇」の棟札の写しや、鳥居に掛かる天保七年(一八三六)銘の「香取大神・日枝神社」の石造の社号額などから、江戸期には香取・日枝両社の合殿として祀られていたことがわかる。また、本殿内には元文三年(一七三七)に奉納された「香取大明神」「山王大権現」の二面の木製神鏡と香取大明神像・山王大権現像の二面の御正体が安置されている。
神仏分離の後は、明治五年に村社となった。ただし、『明細帳』では「香取神社」とあり、祭神も経津主命一柱だけである。(「埼玉の神社」より)


大森香取神社の周辺図

参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)