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上野田氷川社。さいたま市緑区上野田の神社

上野田氷川社の概要

上野田氷川社は、さいたま市緑区上野田にある神社です。上野田氷川社の創建年代等は不詳ながら、上野田村の開発に伴い、照光寺の創立(承応年間1652-1655)と同時期に村の鎮守として創建したのではないかといいます。村内にあった上野田諏訪社を年不詳ながら合祀、明治6年村社に列格、明治41年大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀したといいます。

上野田氷川社
上野田氷川社の概要
社号 氷川社
祭神 素戔嗚尊
相殿 -
境内社 -
住所 さいたま市緑区上野田78
祭日 -
備考 -



上野田氷川社の由緒

上野田氷川社の創建年代等は不詳ながら、上野田村の開発に伴い、照光寺の創立(承応年間1652-1655)と同時期に村の鎮守として創建したのではないかといいます。村内にあった上野田諏訪社を年不詳ながら合祀、明治6年村社に列格、明治41年大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による上野田氷川社の由緒

(上野田村)氷川社
村の鎮守なり、照光寺持。
末社。雷神社。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による上野田氷川社の由緒

氷川社<浦和市上野田七八(上野田字前原)>
見沼代用水東縁の流域の農業地域の一角にある上野田は、江戸中期から将軍家の保護のもと「野田の鷺山」として知られ、鷺の一大繁殖地であった。昭和四十年代以降、環境の変化などのため、鷺の飛来は絶えてしまった。当社は、この上野田の鎮守として祀られてきた神社で、『風土記稿』上野田村の項にも「氷川社 村の鎮守なり、照光寺持 末社雷神社」と載る。当社の創建の年代は不明であるが、村民の菩提寺となってきた曹洞宗の照光寺の創立が寺伝に承応年間(一六五二~五五)とあるところから、当社もまた村の発展に伴って照光寺と同時期に勧請されたものと思われる。ちなみに、照光寺は、元来は当社の裏手にあったが、神仏分離の後、現在地に移転した。
一方『明細帳』記載の由緒を見ると、「創立不詳、明治六年四月村社に列せらる、往古は諏訪社一柱ありしがいつの頃か合祭したりと云伝ふ」とある。ここに載る諏訪社は、『風土記稿』に当社の末社として記されているもので、当社に合祀された形になっているが、実際は、現在も旧地(農村センターのある所)に社殿が残り、祭りも行われている。当社の本殿は明治二十五年十二月、拝殿は同四十一年九月に改築され、同じく四十一年十一月には、同大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


上野田氷川社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)