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根岸神明社。さいたま市南区根岸の神社

根岸神明社の概要

根岸神明社は、さいたま市南区根岸にある神社です。根岸神明社の創建年代は不詳ですが、江戸時代中期に活発になった伊勢信仰により創建したのではないかといい、村の鎮守社となっていたといいます。明治6年には村社に列格、明治40年に字久保入の無格社鹿島社、同稲荷社二社を合祀したといいます。

根岸神明社
根岸神明社の概要
社号 神明社
祭神 天照大御神
相殿 -
境内社 鹿島社、八幡・三峯・天満宮合社、稲荷社
住所 さいたま市南区根岸1-23-9
祭日 -
備考 旧村社



根岸神明社の由緒

根岸神明社の創建年代は不詳ですが、江戸時代中期に活発になった伊勢信仰により創建したのではないかといい、村の鎮守社となっていたといいます。明治6年には村社に列格、明治40年に字久保入の無格社鹿島社、同稲荷社二社を合祀したといいます。

「埼玉の神社」による根岸神明社の由緒

神明社(根岸1-23-9根岸字神明丸)
当地の古い集落の大部分は旧中山道沿いに形成されており、当社は、この集落から東に約二〇〇メートル離れた丘陵の中腹に、氏子集落を見守るかのように鏡座している。
創建は不詳であるが、同じ中山道の旧深谷宿に鎮座する伊勢殿神社は、江戸期、北関東一円にお祓い大麻を配っていた伊勢の御節三日市太夫の宿舎が、やがて神社として祀られるようになった。また、同じく旧上尾宿の氷川鍬神社は、伊勢信仰の鍬神とかかわる社で、万治(一六五八~六一)のころに中山道沿いに村から村へ送られてきた鍬神を祀ったことに始まる。このようなことから、当社の創建の背景には、近世の御師の活発な活動によって、中山道沿いに広がっていった伊勢信仰の影響が考えられよう。
『風土記稿』によれば「神明社 村の鏡守なり」とあり、明治六年四月に村社となった。その後、明治四十年六月四日に字久保入の無格社鹿島社及び同稲荷社二社を合祀した。
本殿内に残る棟札によれば、大正十一年十月に本殿屋根改築及び拝殿の改築、透塀新設、昭和三十七年五月載本殿屋根及び玉垣工事、境内社の改築、その他境内整備、昭和六十一年十二月に拝殿屋根の修築が行われた。(「埼玉の神社」より)

新編武蔵風土記稿による岸町神明社の由緒

(根岸村)神明社
村の鎮守なり、村持(新編武蔵風土記稿より)


根岸神明社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)