鷲神社。鷲宮神社を勧請、大和田村の鎮守
鷲神社の概要
鷲神社は、さいたま市見沼区大和田町にある神社です。鷲神社は、中世に太田荘の総鎮守である鷲宮神社を勧請して創建、大和田村の鎮守社だったといいます。明治6年村社に列格、字塚の愛宕社を合祀、明治40年、字本村耕地の無格社火産霊社、境内社八雲社・天満社、同字無格社稲荷社、字椿耕地の、無格社皇産霊社、字保浄耕地の無格社稲荷社を合祀しています。

社号 | 鷲神社 |
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祭神 | 天穂日命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | さいたま市見沼区大和田町2-462 |
祭日 | - |
備考 | 旧村社 |
鷲神社の由緒
鷲神社は、中世に太田荘の総鎮守である鷲宮神社を勧請して創建、大和田村の鎮守社だったといいます。明治6年村社に列格、字塚の愛宕社を合祀、明治40年、字本村耕地の無格社火産霊社、境内社八雲社・天満社、同字無格社稲荷社、字椿耕地の、無格社皇産霊社、字保浄耕地の無格社稲荷社を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による鷲神社の由緒
(大和田村)
鷲宮社
村の鎮守なり、眞福寺持、以下三社も同寺の持。
稲荷社
末社。天王社、天満宮
稲荷社
第六天社
神明社、村民持、下同じ。
稲荷社三宇。(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による鷲神社の由緒
鷲神社<大宮市大和田町二-四六三(大和田字鷲山耕地)>
当地は芝川左岸の大宮台地上に位置し、地名の大和田は、見沼の湾曲部にある地を意味する。当社は、この見沼を西方に望む台地際の急崖「鷲山耕地」に鎮座し、境内は近年まで杉の大木が林立していた。
創建は中世、大田荘の総鎮守である鷲宮神社(北葛飾郡鷲宮町鎮座)を勧請したことによる。大田荘の荘域は、現在の北埼玉郡全域と南埼玉郡、北葛飾郡の一部であったが、鷲宮神社の信仰圏は、岩槻方面から見沼東岸まで及んでいたものと思われる。
主祭神は、天照大御神の右に角髪に巻いた御統から化生した天穂日命である。
社殿は、安政二年(一八五五)の建造と伝える総欅の入母屋造りである。特に社殿入口の唐破風屋根は、近村には見られぬ高さを誇る豪壮なものである。
別当は、『風土記稿』に中野村(大宮市南中野)の正法院門徒の真言宗真福寺と載せるが、同寺は明治六年八月に廃寺となった。
『明細帳』によると、明治六年村社に列せられた。また、往古、字塚の愛宕社が、次いで同四十年五月、字本村耕地の無格社火産霊社、境内社八雲社・天満社、同字無格社稲荷社、字椿耕地の、無格社皇産霊社、字保浄耕地の無格社稲荷社が合祀され、同四十三年十一月、神饌幣帛料供進神社に指定された。(「埼玉の神社」より)
鷲神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)