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佐間天神社。行田市佐間の神社、旧佐間村鎮守

佐間天神社の概要

佐間天神社は、忍城主の成田氏が忍城築城の際に城の南出口にあたる当地に創建されました。創建当時より佐間村安養院が守護神として別当を勤め、佐間村の鎮守となっていました。明治時代には社務所に佐間学校(忍学校第三教場)が設置されています。

佐間天神社
佐間天神社の概要
社号 天神社
祭神 菅原道真公
相殿 -
境内社 稲荷社(もと安養院持)、八坂社、塞神、三峰社
祭日 例大祭9月25日、八坂祭7月中旬の土・日
住所 行田市佐間1-10-6
備考 旧佐間村鎮守、行田八幡神社の兼務社



佐間天神社の由緒

佐間天神社は、忍城主の成田氏が忍城築城の際に城の南出口にあたる当地に創建されました。創建当時より佐間村安養院が守護神として別当を勤め、佐間村の鎮守となっていました。明治時代には社務所に佐間学校(忍学校第三教場)が設置されています。

境内掲示による佐間天神社の由緒

佐間天神社の創建は忍城主の成田氏が忍城築城の折、谷郷、春日社、西を城の没沢の取入口とし、天神坊を出口としたと伝えられている。その天神坊を慈眼山安養院の守護神として天神社を勧請した。今から500年前のことである。享保5年12月(1720)京都の唯一神道、吉田殿より「正一位天満天神」の神格を与えられた。その後、文化10年8月25日(1800)本殿が再建された。本殿に安置される天神座像は春日の作と伝えられている。又、境内の欅の樹齢は行田市教育委員会の推定によると400年とされている。
佐間天神社には学問の神様、菅原道真公が祭神として祀られている。以前は慈眼山安養院が神護神であったが、その様子は今でも白山社、伊奈利社、厳島、明神・・・等の合祀社が多く両部神道の名残を留めている。神門は安政3年(1850)の大火で類焼したがここで火が止まった為、火防の門と呼ばれた。
明治22年、佐間村、成田町、行田町が合併し忍町となり、妙音寺にあった温知学校を廃止し、天神社社務所に佐間学校が開校した。正式には忍学校第三教場と言われた。大正4年3月、行田尋常小学校第三校舎(現在の新町会館)が新築されるまでここに存在したのである。
天神社の行事
・大祓式(6月30日、12月31日)
・八坂祭(7月中旬の土、日)
・例大祭(9月25日)
・新嘗祭(11月23日)
・勧学祭(12月初旬)
・元旦祭(1月1日)
・初天神祭(2月25日)
・初午祭(3月第1午の日)
特に八坂祭、元旦祭は大いににぎわいを見せている。この様に、古い歴史を持つ天神社は佐間地区の鎮守として広く人々から信仰されている。(境内掲示より)

新編武蔵風土記稿による佐間天神社の由緒

天神社。
村の鎮守とす。(新編武蔵風土記稿より)

佐間天神社の別当寺安養院について

別当安養院。
新義真言宗にて、下忍村遍照院末、慈眼山と号す。昔は皿尾村にありしを、寛延2年義観と云僧ここに移せり。本尊随求明王を安置す。(新編武蔵風土記稿より)


佐間天神社所蔵の行田市指定文化財

  • 欅群

佐間天神社の周辺図


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