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愛宕八坂神社。川越市石原町の神社

愛宕八坂神社の概要

愛宕八坂神社は、川越市石原町にある神社です。愛宕八坂神社の創建年代等は不詳ながら、江戸時代初期に創建した高沢山妙智院観音寺境内に創建、安永9年(1780)星野家に遷座して町内火防の神とし、翌年には牛頭天王(石原町八坂神社)を合殿とし、愛宕八坂神社となったといいます。その後柊稲荷神社の境内へ遷座、昭和6年当地に遷座したといいます。

愛宕八坂神社
愛宕八坂神社の概要
社号 愛宕八坂神社
祭神 軻遇突智命、素戔嗚尊
境内社 -
相殿 -
祭日 元朝祭、4月稲荷講・7月例祭
住所 川越市石原町2-64-6
備考 -



愛宕八坂神社の由緒

愛宕八坂神社の創建年代等は不詳ながら、江戸時代初期に創建した高沢山妙智院観音寺境内に創建、安永9年(1780)星野家に遷座して町内火防の神とし、翌年には牛頭天王(石原町八坂神社)を合殿とし、愛宕八坂神社となったといいます。その後柊稲荷神社の境内へ遷座、昭和6年当地に遷座したといいます。

「埼玉の神社」による愛宕八坂神社の由緒

愛宕八坂神社<川越市石原町二-六四-六(小久保字石原町)>
石原町は、川越市街北西部の町はずれに位置し、新河岸川により市街地から切り離されたようになっているが、現在の一丁目は川越城下の入口に当たっていたため江戸時代より街道に沿って旅籠屋が軒を連ね、裏町は箱屋などの職人町でもあった。
新河岸川に架かる高沢橋は、城下入口の固めでもあり、これを囲むように寺社が集まっている。当社はその中の一つ天台宗高沢山妙智院観音寺内に鎮座し愛宕大権現と称していたが、安永九年の大火を機に町内中央部南側中程にある星野家に移して町の火防の神として祀り、翌一〇年袋町(現一丁目)の牛頭天王を当社の合殿とし、社号を愛宕大権現牛頭天王合殿とした。その後、当社は渡辺家を経て柊稲荷の境内へと移った。往時の祭りは、本殿を本通りに引き出し、お仮屋を設けて祭りを行い、町内中央の田んぼに舞台を掛け、老袋の太夫が石原へ婿に来ていたのを幸いに老袋の万作芝居が演じられたという。
明治二年、神仏分離により社号を愛宕八坂神社と改称する。昭和六年、当時の総代岸仲次郎により土地が寄進され、現在地に移転した。
なお、八坂神社は現在も旧地に残り近隣者によって祀られており、近年、同神社からは延享三年、大沢太郎左衛門の奉納による牛頭天王縁起絵巻一巻が発見され、市の有形文化財に指定されている。(「埼玉の神社」より)


愛宕八坂神社の周辺図