圓満寺。芳野村の村役場地
圓満寺の概要
天台宗寺院の圓満寺は、正保山妙觀院と号します。圓満寺は、喜多院二十九世周濟が(江戸期に)開山したと伝えられます。明治維新後は、芳野村の村役場に供され、昭和40年の火災により大きかった本堂は焼失してしまい、現在は仮堂となっています。江戸期には北田島厳島神社、北田島神明社、北田島稲荷社の別当を勤めていました。
山号 | 正保山 |
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院号 | 妙觀院 |
寺号 | 圓満寺 |
住所 | 川越市北田島329 |
宗派 | 天台宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
圓満寺の縁起
圓満寺は、喜多院二十九世周濟が(江戸期に)開山したと伝えられます。明治維新後は、芳野村の村役場に供され、昭和40年の火災により大きかった本堂は焼失してしまい、現在は仮堂となっています。江戸期には北田島厳島神社、北田島神明社、北田島稲荷社の別当を勤めていました。
新編武蔵風土記稿による圓満寺の縁起
(北田島村)
圓満寺
天台宗、仙波喜多院門徒なり、正保山妙觀院と號す、開山は本寺二十九世の僧周濟なり、其後天海僧正いまだ平僧たりし時、ここに住して中興せしといひ傳ふ、本尊彌陀を安す、
愛宕社(新編武蔵風土記稿より)
「入間郡誌」による圓満寺の縁起
圓満寺
川越喜多院に屬す、正法山妙觀院と號す。開山は喜多院二十九世周濟にして、天海僧正未だ若かりし頃中興せりと云ひ、寺に其書を蔵せりと。今村役場たり。(「入間郡誌」より)
圓満寺の周辺図