龍光寺。鴻巣市大芦にある曹洞宗寺院

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龍光寺。大芦学校開校地

龍光寺の概要

曹洞宗寺院の龍光寺は、大淵山と号します。龍光寺の創建年代等は不詳ながら、慶長12年(1607)の武州足立郡箕田内大芦村御検地水帳に「里うかういん」と記載されていることから、江戸時代初期には既に創建されていたのではないかといいます。その後貫達和尚(慶安元年1648年寂)が開山しています。また、明治6年当寺本堂で大芦学校が開校しています。

龍光寺
龍光寺の概要
山号 大淵山
院号 -
寺号 龍光寺
本尊 地蔵菩薩像
住所 鴻巣市大芦1981
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



龍光寺の縁起

龍光寺の創建年代等は不詳ながら、慶長12年(1607)の武州足立郡箕田内大芦村御検地水帳に「里うかういん」と記載されていることから、江戸時代初期には既に創建されていたのではないかといいます。その後貫達和尚(慶安元年1648年寂)が開山しています。また、明治6年当寺本堂で大芦学校が開校しています。貫達和尚は小谷寶勝寺前砂龍昌寺も開山しています。

新編武蔵風土記稿による龍光寺の縁起

(大蘆村)
龍光寺
禅宗曹洞派、箕田村寶持寺の末、大淵山と號す、本尊地蔵を安ず、
天神社
白山社
衆寮(新編武蔵風土記稿より)

「吹上町史」による龍光寺の縁起

竜光寺
大芦村は、大芦の堀口勝海家に保容されている慶長十二年(一六〇七)十二月の武州足立郡箕田内大芦村御検地水帳によると、高持の百姓(本百姓)の人名が読みとれるだけでも一二〇名を越している。江戸時代のごく初期に、すでにこんな大村落が形成され、低湿地等の開発に懸命な営みが展開されていたことが想像される。この御検地水帳に、「いわう寺(医王寺)」・「好楽寺」・「里うかういん」と大芦所在の寺院三か寺が搭載されている。もちろん、この「里うかういん」は現在の竜先寺のことである。
『郡村誌』によると、竜光寺の開基は寛永元年(一六二四)であると記されているが、御検地水帳の記録によってはるかにそれ以前の草創ということがわかる。開山は、貫達和尚で入寂は慶安元年(一六四八)とも二年ともいう。禅宗曹洞派(宗)箕田村宝持寺の末寺で、院号はなく、大淵山と号している。境内には、馬頭観音堂があり、二月十九日の観音様は参拝客で賑ったが、馬とのかかわりのうすれた現在は、昔の祭礼の面影は見られない。
本尊は、地蔵菩薩で、木造、寄木造、漆箔、彩色、玉眼、像高三二センチの桃山時代作とされているが、昭和五十年本堂改築の時塗替えられ、歴史の重みは失われたうらみはあるが、華麗な尊像となっている。また当町最古の嘉禎二年の板石塔婆はこの寺にある。
この寺の本堂を仮用して、大芦学校が誕生したのは、明治六年(一八七三)五月二十五日で、寺子屋教育から小学校教育へと脱皮した、大芦における小学育発祥の寺である。(「吹上町史」より)


龍光寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「吹上町史」