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古名氷川神社。比企郡吉見町東野の神社

古名氷川神社の概要

古名氷川神社は、比企郡吉見町東野にある神社です。古名氷川神社は、元禄年間(1688-1704)以降に下砂村(当時の下砂村の鎮守は、北下砂氷川神社から分村、宝暦3年(1753)に大宮氷川神社を勧請して村の鎮守として創建したといいます。幕末に火災により焼失したものの、古名村から分村した古名新田の氷川神社から分霊を受けて再興したといいます。明治4年村社に列格、明治40年古名新田の伊勢社を合祀しています。

古名氷川神社
古名氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 稲荷社、天神社
祭日 夏祭り7月10日
住所 比企郡吉見町東野3-15-6
備考 -



古名氷川神社の由緒

古名氷川神社は、元禄年間(1688-1704)以降に下砂村(当時の下砂村の鎮守は、北下砂氷川神社)から分村、宝暦3年(1753)に大宮氷川神社を勧請して村の鎮守として創建したといいます。幕末に火災により焼失したものの、古名村から分村した古名新田の氷川神社から分霊を受けて再興したといいます。明治4年村社に列格、明治40年古名新田の伊勢社を合祀しています。

新編武蔵風土記稿による古名氷川神社の由緒

(古名村)
氷川社
村の鎮守なり、妙音寺持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による古名氷川神社の由緒

氷川神社<吉見町古名一〇四(古名字西谷町)>
当地は荒川と市野川の間にある自然堤防と低地に位置する。『風土記稿』によれば、古名はもと下砂村の小名の一つであったが、元禄年間(一六八八-一七〇四)以降に分村した。一説に、古くは横見村と呼んでいたが、洪水により荒廃したのを、丸貫村より村民が来て再び開墾し、村名を古名と改めたという。
旧家は久保田家と秋葉家である。久保田家は京から三兄弟がこの地にやって来て開発の鍬を振るったと伝え、また秋葉家は久保田家よりやや下ってこの地に土着し、江戸期を通じて名主職を務めたと伝えている。
社伝によれば、当社の創建は宝暦三年(一七五三)のことである。分村から五〇年余を経たこの時期に村としての形を整え、久保田家や秋葉家が中心となって、「一の宮」として一般に名を知られ、また水神としても名高い氷川神を鎮守に勧請したものであろう。
『風土記稿』は「氷川社 村の鎮守なり、妙音寺持」と載せる。これに見える妙音寺今泉村金剛院門徒の真言宗の寺院で、当社の北側に隣接して堂を構えていたが、幕末に火災に遭い焼失した。この時、当社も類焼したため、嘉永四年(一八五一)に至り、当地から分村した古名新田の氷川神社から分霊を受け再興を果たした。
明治四年に村社となり、同四十年に古名新田の伊勢社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


古名氷川神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)