妙楽寺。足立坂東観音霊場
妙楽寺の概要
真言宗智山派寺院の妙楽寺は、愛宕山地蔵院と号します。妙楽寺は、鎌倉建長寺の塔頭明月院惠範が開山となり、山内上杉安房守憲方公の菩提を弔うため応永年間(1394-1427)に創建、天正年間に真言宗常勝寺の末寺となり愛宕山地蔵院妙楽寺と号したといいます。足立坂東観音霊場15番です。
山号 | 愛宕山 |
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院号 | 地蔵院 |
寺号 | 妙楽寺 |
本尊 | 延命地蔵尊像 |
住所 | 鴻巣市原馬室2967 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
妙楽寺の縁起
妙楽寺は、鎌倉建長寺の塔頭明月院惠範が開山となり、山内上杉安房守憲方公の菩提を弔うため応永年間(1394-1427)に創建、天正年間に真言宗常勝寺の末寺となり愛宕山地蔵院妙楽寺と号したといいます。
新編武蔵風土記稿による妙楽寺の縁起
(原馬室村)妙楽寺
前と同末、愛宕山地蔵院と號す、開山は京都智積院の三世日譽、本尊勝軍地蔵坐像臺座共長三尺、聖徳太子の作、外に薬師の像一軀あり、是も坐像にて長三寸、慈覺大師の作と云。
稲荷社、天神社、八幡社(新編武蔵風土記稿より)
新編武蔵風土記稿による妙楽寺の縁起
本堂庫裡落慶碑
抑々 当山の創建は人皇九拾九代後小松天皇の御宇応永年間山内上杉安房守憲方公の菩提を弔うために 鎌倉建長寺塔頭明月院惠範開山となり延命地蔵尊を本尊とし大工山妙楽寺と号し建立され 応永拾貮年五月拾貮日明月院の末寺となる。今を去る五百七拾有余年の歴史を有す。是より先応永拾年正月拾六日馬室郷伍分壹建長寺より明月院領に寄進あり 妙楽寺に於て之を領有し寺徳乏しからず
その後天正年間真言宗常勝寺の末寺となり愛宕山地蔵院妙楽寺と号し 初代定慧上人開山以来現住貮拾五世に到る。(境内石碑より)
妙楽寺の周辺図