西善院。三郷市花和田にある真言宗豊山派寺院

猫の足あとによる埼玉県寺社案内

西善院。村民五郎左衛門が開基、三郷七福神の大黒天

西善院の概要

真言宗豊山派寺院の西善院は、華隆山大聖寺と号します。西善院は、村民の五郎左衛門が開基となり慶長年間(1596-1615)に創建したといいます。三郷七福神(彦成めぐり)の大黒天、西新井組中川通四箇領八十八箇所40番です。

西善院
西善院の概要
山号 華隆山
院号 西善院
寺号 大聖寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 三郷市花和田189
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 三郷七福神の大黒天



西善院の縁起

西善院は、村民の五郎左衛門が開基となり慶長年間(1596-1615)に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による西善院の縁起

(花和田村)西善院
新義真言宗、彦成村圓明院門徒、本尊弥陀を安ず、慶長年間村民五郎左衛門開基す、彼は名倉氏なり、今子絶たり。
閻魔堂。(新編武蔵風土記稿より)


西善院所蔵の文化財

  • 西善院木造阿弥陀如来立像一躯(市指定有形文化財)

西善院木造不動明王立像一躯

この阿弥陀如来立像は、像高九〇センチメートル、かや材寄木造、制作年代は鎌倉時代で西善院の本尊として伝わるものです。
昭和六十二年十二月から昭和六十三年三月までの期間に大修理が行われました。修理により室町時代文正二年(一四六七年)、江戸時代元禄十五年(一七〇二年)、明治十一年に修理が行われていることが判明しており、制作年代は十三世紀以前と推測されます。
像の特徴は彫眼(瞼のおよび眼球を彫って造形する技法)であることで、藤原朝の伝統的な様式で制作されています。
昭和の修理では、失われていた両手の指両足先を補い、全身を漆または合成樹脂をしみこませて補強し、漆箔で仕上げた後、制作年代に見合った古色付けを施してあります。
鎌倉時代に作られた阿弥陀如来立像、花和田周辺に人が住み始めたのは室町時代、西善院が建てられたのが江戸時代慶長年間(一六〇〇年頃)、現在まで西善院の代々の人々によって受け継がれてきました。
西善院は明治時代に始まった「中川両岸六阿弥陀霊場」や江戸時代に始まった西新井大師を起点として「新四国八十八箇所霊場」として近在の善男善女の信仰をあつめました。
新四国八十八箇所霊場の多くの信者の寄附による「八十八からだ弘法大師石像」と寄付連名額(明治二十年代)が残っています。「坂東観音霊場記」など多くの著書を残した学僧亮盛(享保八年市内幸房で生まれ西善院の住職となり後に流山東福寺所沢金乗院の住職となった。)によって作られた梵半鐘と過去帳が残っています。(三郷市教育委員会掲示より)


西善院の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿