萬福寺。清浄光寺二世他阿真教開山
萬福寺の概要
時宗寺院の萬福寺は、寶林山吉光院と号します。萬福寺は、清浄光寺二世他阿真教大和尚(元応元年1319年寂)が永仁5年(1297)に開山、享保年間(1716-1736)に再建されたといいます。
山号 | 寶林山 |
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院号 | 吉光院 |
寺号 | 萬福寺 |
本尊 | 阿弥陀如来像 |
住所 | 比企郡小川町奈良梨924 |
宗派 | 時宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
萬福寺の縁起
萬福寺は、清浄光寺二世他阿真教大和尚(元応元年1319年寂)が永仁5年(1297)に開山、享保年間(1716-1736)に再建されたといいます。
新編武蔵風土記稿による萬福寺の縁起
(奈良梨村)
萬福寺
時宗、相模國藤澤宿清浄光寺末、寶林山吉光院と號す、本尊彌陀を安ず、當寺は古き草創にて、開山は本寺二世の僧他阿眞教、元應元年正月二十七日示寂す、
觀音堂(新編武蔵風土記稿より)
「小川町の歴史別編民俗編」による萬福寺の縁起
萬福寺(奈良梨九二四)
萬福寺は、宝林山吉光院と号し、時宗に属する寺院である。江戸時代は、相模国藤沢宿(現神奈川県藤沢市)清浄光寺の末であった。本尊は、阿弥陀如来で、善光寺式の阿弥陀三尊像であったが、いつのころからか勢至菩薩が行方不明となり、探したが見つからなかったという。
寺伝によれば、萬福寺の開創は永仁五年(一二九七) で、開山は、相模国藤沢にある本山の清浄光寺二世他阿真教大和尚である。時宗は、一遍上人によって興された浄土系の宗派で、絶対他力による極楽往生を旨としている。一遍は、十六年に渡って全国を遊行して回り、正応二年(一二八九) 八月に没したことで知られるが、その後を継いだ他阿真教も全国を遊行して回ったことから遊行上人と呼ばれ、元応元年(一三一九)正月二十七日に没している。
その後、一旦衰微したものか、詳しい寺歴は伝えられていないが、享保年間(一七一六-三六)に再建されたという。時宗の寺院は県内には少ないが、小川町近辺には嵐山町大蔵の向徳寺、川本町本田の教念寺・称名寺などがあり、布教の経路を考える上で興味深い。(「小川町の歴史別編民俗編」より)
萬福寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「小川町の歴史別編民俗編」